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高知地方裁判所 昭和36年(レ)55号 判決

控訴人 国

訴訟代理人 大坪憲三 外二名

被控訴人 新田健一

主文

〔本件控訴を棄却する。〕

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴指定代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金六〇、〇〇〇円および金二二〇、〇〇〇円に対する昭和二五年九月一六日から同年一二月三日まで、金六〇、〇〇〇円に対する同月四日から完済に至るまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」。との判決ならびに仮執行の宜言を求め、

被控訴代理人は、控訴棄却め判決を求めた。

当時者双方の事実上の主張および立証ならびに書証の認否は、次に附加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、こゝにこれを引用する。

当審において、控訴指定代理人は、次のように述べた。

一、民法等一六七条は債権の消滅時効期間についての一般規定であつて、第一六八条ないし第一七四条等はその特別規定であるからその解釈にあたつては厳格に解すべきである。民法第一七三条第一号は生産者卸売商人および小売商人が売却した産物および商品の代価について、二年の短期消滅時効を規定しているが、これを規定した所以は、生産者卸売商人、小売商人は日常反覆して産物ないし商品の売却を業としているものであり、他方その相手方たる消費者において、売買に際し、計算関係を明確にし、証拠方法を保存する努力を怠りがちであることを考慮したものと解され、従つてこゝにいう生産者とは、もつぱら営業的生産者のみを意味するものと解すべきことは当然である。すなわち、その規定の形式上「生産者」は卸売商人と並記されていること、卸売商人および小売商人は自己のために販売をなすを業とする者のみを意味し、他人のために販売または買入をなすを業とする問屋の如きは含まないこと、旧配炭公団、油糧砂糖配給公団、農業協同組合法にもとづき設立された組合の如きは、いずれも営利を目的としないから生産者ないし商人でないとされていることに徴しても明らかである。ところで、高知刑務所における紙製品の売却行為は、当然営利の目的を有しないのであるから、これに民法第一七三条第一号の規定を適用することは、右規定の解釈を不当に拡張した誤つた解釈の結果といわなければならない。

二、また監獄法は、収監、拘禁、戒護、作業、教講、教育、接見、信書、賞罰、釈放手続等監獄における自由刑の執行に関する基本事項を定め、また死刑の執行に関し規定しているものであつて、民法第一七三条第一号の解釈の資料とするのはあたらない。すなわち、自由刑の執行は、一面において改善的要素を、含み、他面国家と受刑者との法律関係を規定するものであつて、本件における刑務所製品の売却というような国家と第三者との取引関係を規定するものではなく、その売却代金の時効期間とは全く関係のないものである。さらに、監獄法第二七条第一項の規定も、国家と在監者との関係において在監者の作業による収入が国庫に帰属することを規定したにとどまり、在監者の作業による結果の収益が目的ではなく、作業を通じて、在監者の教化改善を図ることにもつぱら目的がおかれているのであり、国家が潜在的にしろ、収益を目的としたものではない。

要するに以上の主張に反する原審の判断は法律の適用または解釈を誤つたものというべきである。

三、(被控訴人の会計法第三〇条にもとづく時効完成の主張に対し)

会計法第三〇条にいう金銭の給付を目的とする国の権利は、その性質上公法上のものに限られ、私法上の権利については、主として民法または商法の規定が適用される。本件の売却行為は、国が当事者になつているが、一般私法上の行為であつて公法上の性質をもつものでないから本件債権につき会計法第三〇条を適用すべき余地はない。

被控訴代理人は、

仮に、本件売買代金債権が民法第一七三条第一号所定の生産一者の産物の売却代金にあたらないとしても、右債権は会計法第三〇条により五年間これを行わないときに消滅するものというべき亡ころ、履行期より起算して昭和三〇年九月一四日に、また代金の一部支払をした日より起算しても同年一二月三日をもつて消滅時効が完成しているので、控訴人の本訴請求に応ずるいわれはない。

と述べた。

理由

一、まず本件売買の成否等について判断するに、

成立に争いのない甲第一号証の二、その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と准定すべき甲第二、三号証の各一、二と原審黒田豊穂(第一、二回)、同藤村盛喜、同岡本政好の各証書を綜合すると、

昭和二五年六月頃被控訴人外一名が高知刑務所をおとずれて、同刑務所作業課販売係勤務の黒田豊穂に面会を求め、同人に対し刑務所の製造せる雑魚袋を買いうけたいが、取引はある会社名義でしたい旨を由入れたところ、右黒田は、被控訴人とはかねてからの知合いであるけれどもその会社名を聞いたことがなかつたので、右会社との取引では困るから被控訴人個人とならば取引に応ずる旨答えたこと、その後再び被控訴人は高知刑務所に右黒田を訪ねて売買の話がまとまつた結果、同年同月一九日高知刑務所は被控訴人に対し、その製造にかゝる雑魚袋を、内二二、七三九枚は一枚一円五〇銭の割合で代金三四、一〇九円にて、内七三、七六二枚は一枚金一円三〇銭の割合で代金九五、八九一円にて、合計金一三〇、〇〇〇円をもつて売渡し、同日現品全部を引渡したこと、そこで高知刑務所は、同年九月五日右代金納入期日を同月一五日と定めて被控訴人にその旨の納入告知書を発行して支払を求めたところ、被控訴人は同年一二月四日に内金七〇、〇〇〇円を支払つたのみで残余の支払をしないことが認められる。

右認定に反する原審証人岡田義正、同池田良久、の各証言被控訴本人尋問の結果は、前顕証拠に照らして措信せず、池に右認定を動かす程の証拠はない。

二、そこで次に被控訴人主張の時効の抗弁について判断するに、被控訴人は、本件取引における刑務所は民法第一七三条第一号に言う生産者に当るから本件の売買代金債権は二年の短期時効によつて消滅している旨主張するので、

(一)  まず本件刑務所が右に言う生産者に含まれるか、どうかにっいて検討する。

(イ)  ところで、およそ生産とは一般に自然を対象として、これに人力の影響を加えて財物の新たな価値を作り出すことであつて、民法第一七三条第一号にいう生産者とは、これを業とする者を意味する。すなわち生産により収支相償うことを目的とする営業的生産者であることがその常態であろうが、これだけに限るものでなく、社会通念上仕事として、生産行為を反覆継続し、かつ生産品の販売により何らかの収入を得ているならば、こゝにいう生産者に包含され、その仕事の本来の目的は別に存し(例えば慈善、教育等の目的)営利を目的としない場合であつても、差支えないもものと解する。なぜなら、民法第一七三条第一号が設けられた所以は、同号記載の者はその取引が反覆継続してなされ、かつ取引の性質上一々証愚書類を作らないことがあり、又これを永く保存しないことも考えられ、そのため証拠の散失、後日の収集の困難等の事情の多いことを考慮し、できる丈取引の決済を短期に終結せしめ、権利の上に眠る者を保護しない趣旨の下に規定されたものであると考えられる。しかして同号の内、卸売商人、小売商人については、字義上商取引を行う者をいうことが明らかであるから営利性を有することが必要であるが、上記説明のような立法趣旨に照らすと、生産者の場合には、必ずしも右と同様賞利性を有する取引にのみ限定して解す心きではなく、前記のように、反覆継続して物品を生産販売し、これにより収入を得ている以上、同号の生産者に該るものと解するのが妥当である。そして、高知刑務所においては、紙、紙製品等を反覆継続して生産し、これを売却していることほ顕著な事実であり、その収入は国庫に帰属していることは監獄法第二七条第一項により明である。

(ロ)  そうすると、上来の説明に照し高知刑務所は本来右行刑目的をもつて受刑者に作業を課しているのであるから一般の営業的生産者とは著しくその目的を異にするけれども社会通念上の仕事として収入を得ている以上これを以て前記の如く民法第一七三条第一号にいう生産者にあたるものいわねばならない。これと異る控訴人の所説は、刑務所作業の本来の目的のみ強調した論議であつて採用するに由なきものである。

(二)  そうすると、控訴人請求の本件雑魚袋の代金債権は、右規定の生産者の売却した産物の代価に該当するから、その履行期より起算すると昭和二七年九月一四日をもつて、一部支払のあつた時より起算する同年一二月三日をもつて、いずれにしても同条所定の二年の消滅時効の完成により消滅したものといわなければならず結局被控訴人の右抗弁は理由があるのでその余の争点についての判断をまつまでもなく控訴人の本件売買残代金ならびにこれにもとずく損害金の請求は失当たるを免れなく、これを棄却した原判決は正当であり、控訴人の本件控訴はその理由がないのでこれを棄却し、民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 合田得太郎 島崎三郎 藤本清)

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